チベットとは
チベット は、東経77-105度、北緯27-40度に至る地域を占め、南は ヒマラヤ山脈 、北は 崑崙山脈 、東は 邛崍山脈 に囲まれた 地域 、およびこの地域に成立した 国家 や 政権 、 民族 、 言語 等に対して使用される外部からの呼称。チベットの周辺諸国が古くから用いて来た呼称「tubat」( モンゴル語 ・ 満州語 )、「tbt」( アラビア語 )等に由来し、チベット人自身は「 プー (bod)」( チベット語 )と称する。日本語の チベット は英語「Tibet」経由で明治期に成立した呼称である。
概要
名称
チベットを示す漢字表記として名高い 西蔵 は、中国大陸では、 1725年 ごろから現在にいたるまで中央チベットとその周辺だけをさす地域呼称として使用され、 アムド や カム を含むチベット全域の総称としては使用されていない。日本では明治期から昭和中期にかけて、 中華民国 や中国国外の華僑等の間では近年、Tibetの訳語として「西蔵」を用いる例がある(→ 西蔵 、 西蔵地方 参照)。チベット全域をさす漢字表記による総称としては、主として清代に通用した 土伯特 、 唐古特 等がある。
=== チベットの領域=== ==== チベット人の考える伝統的な「チベット」の領域==== チベット人は、右地図の「チベット民族居住範囲」にほぼ相当する地域を、伝統的に「チベットの領域」と考えて来た。チベットが伝統的に用いて来た地理的区分方式では、この領域を「 チベット三州 あるいは「 十三万戸 」、「 プーと大プー 」などという形で区分してきた。
==== 中国人による「吐蕃」と「西藏」、「蔵区」、「大西蔵区」、「大蔵区」==== ===== チベットの総称「吐蕃」とダライラマ領に対する「西藏」===== 7世紀なかば、 チベットの古代王朝 が上記の領域を統合した(実質的なチベットの建国)時、当事の中国人( 隋 )はこの国を「 蕃 」、「 吐蕃 」、「 大蕃 」等と呼んだ。この古代王朝は842年に崩壊したが、その後も中国の人々は、 清朝 の康煕年間(1720年代)ごろまで、この領域全体の地域呼称を 吐蕃...






