ハングルとは
ハングル (、hangeul)、または 朝鮮文字 は、 朝鮮語 (韓国語)を表記するための 表音文字 である。 1446年 に 李氏朝鮮 第4代国王の 世宗 が、「 訓民正音 」(,Hunmin Jeong-eum)の名で公布した。 北朝鮮 では チョソングルチャ (,joseongeulja)とも呼ばれる。韓国、北朝鮮以外でも 満洲 や 沿海州 、 シベリア 、 樺太 (サハリン)、 カザフスタン 、 トルクメニスタン など 旧ソ連 の一部でも朝鮮民族の居住地域を中心に使われている。
歴史
朝鮮語は15世紀半ばまでそれを表記する固有の 文字 を持たず、 口訣 ・ 吏読 など 万葉仮名 のように 漢字 を借りた表記法により断片的・暗示的に示されてきた。このような状況の下で李氏朝鮮(朝鮮王朝)第4代国王の 世宗 (在位1418年-1450年)は固有の文字であるハングルの創製を積極的に推し進めたが、その事業は当初から 事大主義 的な保守派から猛烈な反発を受けた。1444年に集賢殿副提学だった崔萬理らはハングル創製に反対する上疏文を提出し「自古九州之内、風土雖異、未有因方言而別爲文字者。唯蒙古・西夏・女眞・日本・西蕃之類、各有其字、是皆夷狄事耳、無足道者。(昔から中国の諸地は風土が異なっても、方言に基づいて文字を作った例はない。 モンゴル ・ 西夏 ・ 女真 ・ 日本 ・ チベット などは文字を持つが、これらはみな未開人のなすことであり、言うに足るものではない。)」と述べている。世宗はこのような反対派を押し切り、集賢殿内の新進の学者らに命じて1446年に訓民正音の名でハングルを頒布することとなった。字形の由来については起―成文図起源説、 パスパ文字 起源説など諸説がある。
当時の支配者層である 両班 における公的な書記手段は 漢文 であり、 中人 ・下級官吏の書記手段は 吏読 であった。従って、ハングルがこれらの階層において正規の書記手段として受け入れられることはなく、その結果ハングルは大体において民衆の書記手段として広まることになる。とはいえ、実際には民衆のみならず、両班階層の私信や宮中の女子間の公文書などにもハングルが盛んに用いられ、その使用はかなり広範囲に及んでいた。...






