ビジュアルとは
視覚 (しかく)とは、 可視光 を物理的入力とした 感覚 のことであり、いわゆる 五感 のひとつである。視覚によって、外界にある物体の 色 、形、運動、 テクスチャ 、奥行きなどについての情報、物体のカテゴリーについての情報、物体の位置関係のような外界の空間的な情報などが得られる。したがって、視覚は光情報をもとに外界の構造を推定する過程とみなせる。 脊椎動物 の 神経系 では、可視光は 網膜 において符号化され、 外側膝状体 (LGN)を経て 大脳皮質 において処理される。 コンピュータビジョン では、光センサーからの光情報の入力をもとにした処理が行われる。本稿ではヒトを中心に、動物の視覚のみを扱う。脊椎動物(ヒトを含む)、節足動物(昆虫、甲殻類)、軟体動物(タコ、イカ)など、多くの動物が視覚をもつ。なお、視覚を使い、判断する動作を 見る ( みる )といい、転じて、 読む 、会う、試すなどの意味もある。(試すの意味での「見る」は、一般的には仮名書きされる)遠くを眺めると言ったニュアンスのある場合は、 観る とも書く。
視覚の研究史
前史
プラトン は視覚を 聴覚 とともに、対象から離れても成立するため、他の感覚より優れたものと位置付けた。西洋ではこの見解が継承され、伝統的に、視覚および聴覚に関わるもののみが 芸術 とみなされてきた。 イギリス経験論 では、視覚は他の感覚入力との 連合 によって説明された。経験論哲学における有名な問題として、「球体と立方体を 触覚 的に判別できる先天盲者が開眼手術を受けたとき、盲人は視覚的に球体と立方体を判別できるか」という モリニュクス問題 がある。経験論によれば、視覚は他の感覚と連合されていないため、開眼時点では視覚的な判断はできないと結論された。 ヘルムホルツ は視覚を感覚入力をもとにした 無意識的推論 の過程であると見なした。例えば、小さなものや遠くにあるものは、網膜上では同じように小さく見える。しかし、我々は小さな顔を見たとしても、顔が小さいと知覚することはなく、顔が遠くにあるように知覚する(大きさの恒常性)。このことは、「顔というものは実際にはこの程度の大きさのはずだから、網膜上で顔が小さいということは遠くにあるのだろう」という推論を我々が無意識的に行っているのだと解釈された。






