フラメンコとは
フラメンコ は、 スペイン 南部の アンダルシア 地方に伝わる芸能で、歌、踊り、ギターの伴奏が主体となっている。フラメンコの歴史と発展にはヒターノ(スペイン ジプシー )が重要な役割を果たしている。さらにさかのぼると、 ムーア人 の影響もみられる。
歴史
フラメンコの歴史には不明な点も多い。その祖型の成立は 18世紀 末と考えられているが、この時期にはまだフラメンコという名称は与えられていなかった。
この芸能の成立に大きな影響を与えたのはヒターノといわゆるモーロ人( ムーア人 )、すなわち イベリア半島 や 北アフリカ に住んでいた イスラム教徒 という、2つのエスニック・グループであった。この2つのエスニック・グループの協働が発生した理由として現在考えられているのは、イベリア半島における モリスコ (改宗イスラム教徒)追放令である。 1499年 の カトリック両王 によるモーロ人追放後も一部のイスラム教徒はキリスト教徒に改宗してイベリア半島に留まったが、 1609年 に改めてモリスコの追放令が出される。しかしモリスコの中にはヒターノのコミュニティに潜伏してなおもイベリア半島に留まる者が少なくなかった。この時期にアンダルシアのヒターノのコミュニティがモリスコの歌舞音曲を大胆に取り入れ、その結果として生まれたのが、現在フラメンコと呼ばれる芸能なのである。
フラメンコを生み出したヒターノのコミュニティにも低地( グラナダ など)のものと高地( ロンダ など)のものがあり、前者はヒターノの音楽である ロマンセ の要素を、後者は ファンダンゴ の要素をフラメンコにもたらしたと考えられている。フラメンコ(フランドル地方の音楽という意味)という語が、今日知られる意味でのフラメンコに対して用いられるようになった時期は、文献から判断する限り19世紀半ばのことである。
フラメンコが演奏される場は、当初は個人の家などプライベートな空間が中心であったが、 19世紀 後半にカフェ・カンタンテと呼ばれる定期的にフラメンコが上演される飲食店が出現し、フラメンコの普及を後押しする。カフェ・カンタンテは20世紀初頭には姿を消すが、 20世紀 後半になると同様の飲食店であるタブラオが出現し、現在までフラメンコの上演の場の大きな部分を占めている。この時期からは劇場公演やフェスティバルもフラメンコ上演の重要な場となっていった。
一方、演じ手の方に目を向けると、20世紀後半にギター、カンテ、舞踊の各分野で技術革新を行う人物が次々に登場した。ギターの分野では1960年代末に登場した パコ・デ・ルシア が最も重要な革新者とされる。フラメンコの演奏家として出発したギタリストであるパコ・デ・ルシアが ジャズ...






