倶楽部とは
クラブ ( club ) とは会員制の集まり、社交・親睦団体などを指す。共通の趣味・興味を持つ仲間が定期的に集まって形成する団体をいう。 18世紀 から 19世紀 にかけてのヨーロッパで成立した。その歴史的過程の中で、社交クラブ、政治クラブ、文芸クラブ、歴史クラブ、 スポーツクラブ 、 カントリークラブ など様々な類型のクラブが生まれ、 21世紀 においても世界各地で多数のクラブが人々の生活の中に根付いている。
歴史
クラブの成立は、 近代 ヨーロッパの成立と軌を一にしている。
中世 ヨーロッパにおいても、クラブに類似した人的結合は存在しており、ドイツやフランスでは 兄弟団 や信心会などの団体が見られ、イングランドでも フラタニティ と呼ばれる集団が活動していた。
イギリスでは 16世紀 の「フライデー通り」が最初の近代的クラブとされているが、クラブという組織形態が普及したのは17世紀後半になってからである。当時、喫茶店と社交場の機能を兼ね持つ コーヒー・ハウス がロンドンを中心に増加していたが、コーヒー・ハウスで交流していた客のうち、共通の趣味・話題を持つ者同士でコーヒー・ハウスの一室を借りて定期的に集会を開く人々が現れた。これがクラブの起こりである。コーヒー・ハウスがそうであったように、クラブもまた、上流・中産階級の男性を会員とし、女性会員は認めていなかった。コーヒー・ハウスでの盛んな政治談議は、当然ながら多数の政治クラブの結成へと帰結した。また平行して、文学、芸術、 クリケット 、ボートなど様々な趣味・嗜好に対応したクラブもこの時期に見られ始めている。
18世紀に入ると 産業革命 の進展が中産市民階級の台頭をもたらし、中産市民階級によるクラブ参加が一層盛んになった。18世紀なかばから19世紀にかけては、ギャンブルや馬鹿騒ぎに没頭するクラブも姿を見せる一方で、著名な社交クラブ、文学クラブ、料理クラブが登場するなど、クラブの多様化が顕著となった時期でもあった。18世紀末には女性による女性クラブ(婦人クラブ)が登場し始めている。
一方、ドイツの状況について見ると、兄弟団を成立させていたのは、宗教・家・身分のという3つの中世的要素だった。しかし、 宗教改革 が宗教的結合を、 フランス革命 が身分的秩序を、 産業革命 が家構造をそれぞれ弱体化ないし崩壊させると、宗教・家・身分に基づく保護を失い、自立を余儀なくされた 個人 による互助・交流の場として、18世紀末から19世紀にかけて「協会」(Verein) と呼ばれる団体が都市部を中心に結成されるようになった。協会は、同好の人々が身分を問わず自由に入退会できる組織であり、同時期のイングランドで成立したクラブと性格をほぼ同じくするものであった。当時のドイツは分裂状態にあったため、愛国心と共同の利益を重視する協会が多かった。こうした中で、 啓蒙思想 と 重農主義 がドイツの協会運動に影響を与えた。






