入浴とは
入浴 (にゅうよく)とは、主に 人 が身体の清潔を保つことを目的として、 湯 や 水 ・ 水蒸気 などに身体を浸すことを指す。
※入浴施設の構造物に関しては 風呂 を参照。
歴史
中東・中央アジア
紀元前1世紀ごろから、 中央アジア で蒸し風呂があったと思われる。これは、高温に加熱した石に水をかけることで蒸気を発生させて入浴を行った。燃料などが少なくて済み手軽に使用できたため、冷水による入浴に適さない地域で広まった。 中東 では、この蒸し風呂が、 公衆浴場 (ハンマーム)となった。また ロシア や 北欧 に伝わり サウナ の原型ともなった.
ヨーロッパ
紀元前4世紀 頃の、 ギリシア の都市に公衆浴場が存在した。
ローマ帝国 時代には、各植民都市に共同浴場が作られた。入浴様式は、蒸し風呂の他に、広い浴槽に身体を浸かる形式もあったようだ。 217年 につくられたローマのカラカラ大浴場は、2000人以上が同時に入浴できたといわれている。 古代ローマ の入浴は、官営病院を持たなかったローマ人の感染予防施設としても使われた。
ローマの共同浴場は、時代の流れとともに、大衆化し社交場・娯楽施設としての意味が増してきた。一方で、 売春 や飲酒蔓延、怠惰の温床にもなった。
次第に キリスト教 の厳格な信者からは、ローマ式の入浴スタイルは退廃的であるとされ、敬遠されるようになった。その後、 中世 に 十字軍 によって再び東方から入浴の慣習が伝わったものの、今度は 教会 が入浴の行為は異教徒的として非難した為に、その後は入浴の習慣は無くなっていった。また共同浴場は、 梅毒 や ペスト などの伝染病の温床というイメージも入浴を衰退させる原因になった。結果、キリスト教徒の間では、入浴は享楽の象徴とされ忌み嫌われ、シャワーが主流になっていった。
中世ヨーロッパ(特にフランス)では、風呂に入ると皮膚の常在細菌が洗い流されて逆に病気になる、と信じられてきた。 ヴェルサイユ宮殿 のバスタブは、建設された当初は使われていたものの、その後は マリー・アントワネット が嫁ぐまで使われなかった。王侯貴族は入浴の代わりに頻繁に シャツ を着替え、 香水...






