大阪とは
大阪 (おおさか・おおざか、 Ōsaka )。このためにこの説は信憑性に乏しい。
蓮如以後、大坂は「おおざか」と読んだとされる。 江戸時代 、商人・ 伝兵衛 が海難事故で ロシア帝国 に漂流したとき、 ロシア人 には「ウザカ」と聞こえたと伝わっている。しかし、従来「おさか」と読んでいたのを 大阪駅 の駅員が「おーさか」と延ばして言うようになったのが広まり、「おおさか」と呼ばれる様になったという説もある 。
漢字の表記は当初「大坂」が一般的であったが、大坂の「坂」の字を分解すると「土に反る」と読めてしまい縁起が悪いということから、 江戸時代 のころから「大阪」とも書くようになり、 明治時代 には大阪の字が定着する。一説に「坂」から「阪」への変更は、明治新政府が「坂」が「士が反する」、すなわち武士が叛くと読めることから「坂」の字を嫌ったとも、単に、役人の書き間違いから定着したともいう。
歴史
現在の大阪市の直接の前身である大坂の町は、古代の日本最初の本格的な首都である 大化改新 の時の 難波長柄豊埼宮 (なにわのながらのとよさきのみや)や、 住吉津 (すみのえのつ) 難波津 (なにわのつ。なにわづ)を起源にもつ歴史的な国際的港湾都市であった。また、江戸時代には既に現在の大阪市の中央部を広く町域とする日本屈指の大都市であり、日本経済の中心だった。
「大坂」地名発生以前の大坂
のちの「大坂」が位置した上町台地は、 古代 には「難波潟」と呼ばれる湿地に突き出した 半島 状の陸地で、「難波(なにわ)」、「浪華(なにわ)」、「浪花(なにわ)」、「浪速(なにわ、なみはや)」などと称されてきた。
この地には、古代 大和朝廷 が外国への使節の送り出しや、迎接に利用する 瀬戸内海 東部の重要な国際港であった「住吉津」や「難波津」が置かれ、古代の 仁徳天皇 の 難波高津宮 をはじめ、 大化の改新 時の 難波長柄豊崎宮 や 聖武天皇 の 難波京 ( 難波宮 )などが営まれ、朝廷の首都あるいは副都として利用された。また、 律令制 のもとでは首都に置かれる 京職 に準じる特別の官署、 摂津職 によって管理された。...






