病気とは
- 病気 (びょうき、 disease )、 病 (やまい)は、 人間 や 動物 の 心 や 体 に不調または不都合が生じ、医療による改善が望ましい状態であることを言う(本記事で後述)。
- 病気 (やまいけ)は、病気が起こるような気配をいう。
症候群 (しょうこうぐん、 syndrome )、 疾病 (しっぺい)、 疾患 (しっかん)は類似概念として、本記事でまとめて解説する。
概念
病気 は曖昧な概念であり、何を病気とし、何を病気にしないかについては、政治的・倫理的な問題も絡めた議論が存在する。もちろんそうではあるが、一方で、医療人類学では、病気(sickness)を、疾患(disease)と病い(illness)をあわせたものという概念が提出されている 1 。疾患(disease)は、生物学的なものであり、病い(illness)は主観的な経験のことをいう。例えば、下記の糖尿病の例では、疾患の定義に当てはまる者は1000万人いるかもしれないが、慢性疾患で自覚症状が少ない初期では本人が病いと捉える人はごく少ないであろう。
客観的判断に立つ立場
どこまでを「正常」、どこまでを「異常」とするかは簡単には定義できない。ひとつの考え方は、標準値からプラスマイナス2× SD までの差を正常とし、それ以上のずれを異常、とするものである。 正規分布 においてこの範囲に母集団の約95%が含まれることから、異常とは全体の5%未満に見られる形質・状態のことを言う、と、一律に定義する考え方がある。しかしながら、この例では、下記の糖尿病の事例はあてはまらないことになる。
しかし、これらの定義を「病気」にそのまま採用すると、日本に1000万人ともいわれる患者が存在する 糖尿病 や、数多くの合併症をもたらす 肥満 を正常とすることになり、また特に基礎疾患がなく、偶然的に高身長となった者が果たして「病気」なのか、という問題が生じる。すなわち、異常であれば病気であるともいえないし、病気であれば異常であるとも言い切れず、統計的手法によって客観的に病気を定義することには無理がある。
主観的判断に立つ立場
逆に、完全に価値判断的に、病気の定義を「本人あるいは周囲が心身に不都合を感じ、改善を望むような状態」とすることがある。「本人あるいは周囲が」としたのは、 精神疾患 や軽症の疾患の中には、本人は生活上の不都合を感じないが、周囲の者が生活上支障をきたすために治療の必要性を感じる場合があるからである。本人または周囲が治療の必要性を感じなければ病院を受診することもないのであり、このような定義でも実際上の問題は生じにくい。生活上の問題を感じないことを理由に、 依存症 ・ 嗜癖 や 骨粗鬆症 と医師に診断された人が自分が健康であることを主張したり、あるいは身体障害は障害(広い意味で疾病の一種)ではなく個性であると主張されることがあるが、これらはその意味で一理あることともいえる。
しかし医学研究の立場から言えば、本人や周囲の価値観に関わらずに病気を定義し、診断できるようにする要求は存在する。
現状
結局、「病気とは心身の不調あるいは不都合であって、いわゆる医療による改善が望まれるもの」と定義できたとしても、何が病気であるのか、病気でないのかを決めるのは、一般 社会...






