自然哲学とは
自然哲学 (しぜんてつがく、philosophia physice フィロソフィア・ピュシス )とは、ピュシス、すなわちものごとのnature( 本性 、 自然 )に関する哲学のこと。人間の本性の分析を含んでおり、 神学 、 形而上学 、 心理学 、 道徳哲学 とも連携している。(現在の意味での「 哲学 」に近い面がある。)。
アリストテレス は、自身の『 形而上学 』において、 神学 と 形而上学 を「第一哲学」と位置づけ、自然哲学を「第二哲学」と呼んだ。ここにおけるphilosophia physiceという表現が、「自然哲学」という表現が現れた最初のものである。アリストテレスは、philosophia physiceを「physica( 自然学 )」とも表現した。
形而上学 が物質世界の背後にある原理、すなわち 神 などを扱うのに対し、自然哲学は物質的世界を研究する学問である。
科学者などはつい、自然哲学を「現代の自然科学の前身となったもの」などと、解説してしまうことが多い。
かつて、自然科学の歴史の研究(科学史)などにおいては、広範囲に及ぶ自然哲学の中から現在の 自然科学 と重なる部分だけを限定的・恣意的に抽出して考察することを行いがちで、そういった恣意的な考察では、「自然哲学」は「自然科学」のほぼ同義語として用いられることになった。抽出されているのは、主に ルネサンス 以降の"近代自然科学"の確立期から 19世紀 初頭までの間の"自然"(現在自然科学者が言う意味での「自然」)に関する諸考察などばかりである。これでは自然哲学のごく一面を描いているにすぎない。現代の自然科学関係者が解説すると、どうしても現代の自然科学(端的には現在の自分の説)につながった部分だけを美化・称揚し、現在の自然科学の説・自説に合致しない部分を抽出しこきおろすことによって現在の自分の位置を美化したり、あるいは自然科学と関係のない部分はまったく無視して記述すらしない、ということになりがちだが、このような態度では自然哲学のありのままの姿を描き出すことはできない。このようなしばしば科学者にあった、そして現代の科学者もしばしば陥りがちな、歴史に関するデタラメな見解は ホイッグ史観 と呼ばれており、科学史においても(また一般の歴史考察においても)そのような態度に陥らないように十分に注意することが必要だ、と警告されている。
起源
古代ギリシャにおいては、physice(ピュシス、本性、自然)が一体として扱われていた。 ヘシオドス の自然哲学においては、人間の生き方が神々の秩序および自然の秩序と一体で追求されている。
自然哲学の由来を タレス ら ミレトス学派 の「始原に関する問い」(→ アルケー )に求めることができる、と述べる人もいる。紀元前6世紀、 イオニア 的伝統の始原に位置するタレスは、一方で自然の アルケー を 水...






