鎌倉とは
鎌倉 (かまくら)は、現在の 神奈川県 鎌倉市 の中心部に当たる地域。 源頼朝 によって 鎌倉幕府 が置かれた都市であり、 三浦半島 の付け根に位置し、 相模湾 に面している。古くは 鎌府 (れんぷ)とも呼ばれた。
概要
- 中世から近世まで続く武家政権の発祥の地として日本国の歴史の中で重要な役割を果たし、 鎌倉時代 には日本の政治において最も重要な位置のひとつを占めていた。 12世紀 末から 14世紀 半ばの 1333年 まで 幕府 が置かれた。
- 近代に入ってからの鎌倉には 鎌倉文士 と呼ばれる作家、美術家などの文化人が集まり住み、数多くのドラマや小説などの舞台にもなってきた。
- 現在の鎌倉は、 古都保存法 によって乱開発が規制され、歴史的風土を残し、古社寺や史跡、 国宝 ・円覚寺舎利殿を含めた文化財が比較的多く残る。また、市が観光振興に力を入れていることもあり、観光を主な産業として今なお繁栄する。
- このページでは「歴史都市」「文化都市」「観光都市」としての「鎌倉」について述べることとする。
天然の要害
鎌倉の市街地は東・北・西の三方を山で囲まれ、南は相模湾に面した天然の要害である。東・北・西のいずれから鎌倉に入るとしても「 鎌倉七口 」と呼ばれる、山を切り開いた狭い通路(切通し)を通らねばならず、防御のしやすい土地柄であった。 鎌倉幕府 初代将軍の頼朝がここを拠点としたのは、父祖ゆかりの土地であったこととともに、こうした地理的条件による部分が大きかったと思われる。市街地の北西には源氏山(92メートル)があり、山並みは鎌倉大仏の裏手を通って 稲村ヶ崎 まで伸びている。市街地の北から東にかけては六国見山(147メートル)、大平山(159メートル)、天台山(141メートル)、衣張山(120メートル)などの低い山が連なり、逗子市との境に当たる飯島ヶ崎、 和賀江島 (わかえじま)方面へ伸びている。市街地周辺の山はいずれも標高100~150メートル程度だが、標高の低い割には急坂やアップダウンの激しい山道が多いとされ、市街地北方の尾根道には「鎌倉アルプス」の別称がある。
現代の鎌倉市域は、南は相模湾に面し、北は横浜市、東は 逗子市 、西は 藤沢市 に隣接した区域で、面積は39.5平方キロメートルである。これは周辺の 腰越町 (1939年合併)、深沢村(1948年合併)、 大船町 (おおふなまち、1948年合併)が合併した後の市域である。古代の鎌倉はこれよりずっと狭い地域で、前述の東・北・西の三方を山で囲まれた地域に相当し、現在の所謂「 旧鎌倉 」地域」(= 鎌倉七口...






